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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)701号 判決 1963年11月26日

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

上告人が被上告人に対し昭和三四年九月五日付でした願により深浦町主事を免ずる旨の処分を取り消す。

その余の本件上告は、これを棄却する。

訴訟の総費用は、上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊藤俊郎の上告理由一および同小野善雄の上告理由一について。

論旨は、原判決が地方公務員の依願免職処分は辞令書の交付によつてはじめてその効力を生ずるものであるから、上告人が被上告人に対して辞職を承認する旨の意思表示をしたとしても、ただそのことだけによつては免職の効力は生じないと判示したことが、法令の解釈を誤まり、判例に違背し、理由不備の違法をおかしたものであるという。

一般に、地方公務員の依願免職処分が要式行為であるかどうかについては、争いの余地がないわけではなく、所論引用の昭和二九年八月二四日第三小法廷判決(刑集八巻八号一三七二頁)も、この問題に答えたものではない。しかし、地方公務員の依願免職処分といえども、処分内容の明確、後日の証明等のために辞令書の交付によつて行われる場合には、それが本来要式行為であるかどうかの論にかかわりなく、辞令書の交付のときに処分の効力が発生すると解すべきことは多言を要しないところである。

原判決の確定した事実によれば、上告人は被上告人の辞職願を受領するや、被上告人に対し辞令書を交付するから、それを作成する間しばらく別室で待機しているよう申し渡し、係員に命じて被上告人を願により免職する旨の辞令書を作成させ、即時これを被上告人に交付しようとしたが、すでに被上告人が退去した後であつたので、取り急ぎ書留郵便に付してこれを被上告人に送付したというのである。従つて、本件依願免職処分が辞令書の交付によつて行われ、所論のごとく口頭の意思表示によつてなされたものでないことは明らかである。それ故、原判決が右の事実関係の下において本件依願免職処分は辞令書が被上告人に送達されたときにその効力を生じたと認めたことは相当たるを失わず、地方公務員の依願免職処分の効力発生時期に関する一般的説示のごときは、無用の傍論に過ぎないものであつて、その違法をいう論旨は、結局理由がなく、排斥を免かれない。

上告代理人伊藤俊郎の上告理由二について。

論旨は、町長の勧告に応じて辞職願を提出した者が、町長より辞令書を交付するからそれを作成する間しばらく別室で待機するよう申し渡され、それを承諾して別室に退出した場合には、その者が故意に辞令書の受領を回避するためその場を立去つたとしても、町長が辞令書交付の準備を完了したときに辞令書の交付と同一の法律効果が生ずるものであると主張し、そのことを前提として、この点に関する原判示には実験則違背、証拠の取捨判断の範囲を逸脱し、理由不備の違法があるという。

しかし、依願免職処分が辞令書の交付によつて行われる場合には、その書面が相手方に到達することによつて処分の効力が発生することは前段説示のとおりであつて、所論のごとき事情の存する場合においても、単に辞職承認の意思を表白したことのみによつて処分の効力の発生を認めることは許されないと解するのが相当である。それ故、所論摘示の被上告人が辞令書を交付するからそれを作成する間別室で待機すべき旨の上告人の申出を拒否したかどうかというようなことは、本件依願免職処分の効力発生時期の認定には関係のない事柄であるというべく、この点に関する原判示に所論の違法があるとしても、その違法は判決の結論に影響を及ぼすものではない。

されば、論旨は、その前提を欠くに帰し、採用することができない。

上告代理人小野善雄の上告理由二について。

論旨は、原判決が本件依願免職処分は辞職願撤回後になされたものであると判示したことに理由齟齬の違法があるという。

しかし、原判決の所論認定は、その挙示の証拠に照らせば首肯し得られないわけではなく、その説示に所論の違法があるものとは認められない。

論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに過ぎないものであつて、採用の限りでない。

同三について。

論旨は、原判決が本件辞職願の撤回を信義に反するものでないと認めたことに審理不尽の違法があるという。

しかし、原判決の確定した事実によれば、被上告人は、昭和三四年九月五日突然深浦町長たる上告人から町長室に呼び出しを受け、その場で、上告人から被上告人が(イ)前町長の片腕として活躍していたこと、(ロ)かつて深浦町と大戸瀬村との合併に反対したこと、(ハ)旧大戸瀬村の村長選挙の際、上告人とともに立候補者として争つたことがあることの三点を挙げて、町長の交替した現在被上告人が大戸瀬支所長の職にとどまることは自己の政治理念に反するものではないかといつて辞職を勧められ、若しそれに応じなければ、被上告人が履歴書に物価統制令違反と暴行罪により各罰金一万円に処せられた事実を記載していなかつたことをとらえて、強制解職も辞さない意図をほのめかし、執ように任意退職方を迫られたので、上告人挙示の前記事実が法定の免職事由に該当することにいちまつの疑念をいだきながらも、上告人の差し出した用紙に同人の口述するままに辞職願の書面をしたため、これを上告人に提出したが、即日大戸瀬支所に帰えり、直ちに地方公務員法を調べてみたところ、前示事実はいずれも免職事由たり得ないことを知るに及び、右辞職願を撤回すべきことを決意し、その日のうちに上告人に宛てて辞職願を取り消すとの書面を作成し、これを翌六日午前中同町役場に送付し、同日若しくは少なくともその翌七日(月曜日)朝には上告人の了知し得べき状態に置いた、一方上告人は、被上告人より辞職願を受け取ると、直ちに係員に命じて依願免職の辞令書を作成させ、これを郵便に付し、同書面は翌々七日午后四時三〇分頃被上告人の許に送達された、また、上告人は翌六日付で被上告人の後任事務取扱を任命したが、当時の客観的状勢の下では、性急に後任者の発令をなすべき必要は認められなかつた、というのである。

右の事実関係の下において、原判決が被上告人の辞職願の撤回を信義に反するものでないと判断したことは正当であつて、その認定の過程に所論の違法は見い出し得ない。

論旨は、叙上と異なる見解に立脚するか、原判示に副わない事実に基づいて、原判決を非難するに過ぎないものであつて、その理由がない。

なお、職権をもつて判断するのに、行政庁の処分要件の認定に瑕疵があつても、その瑕疵が重大かつ明白な場合に限り、該行政処分を無効とすべきことは、当裁判所の判例とするところである。いま本件についてこれをみるのに、被上告人の退職願の撤回が上告人の辞令書交付以前になされ、またそれが信義に反するものでもないことは、原判決の確定した事実に徴し明らかであるから、それを無視してなされた本件依願免職処分は、違法であるといわなければならない。

しかし、前段摘示の事実関係の下においては、退職願の撤回が辞令書交付以前適法に行われたものであるかどうか、またそれが信義に反するものでないかどうか、従つて本件依願免職処分が違法であるかどうかということは、必ずしも明白であるとはいえない。されば、本件依願免職処分を当然無効であるとした第一審判決および原判決は失当であつて、いずれもこの点において破棄を免かれないものである。

しかしながら、記録を精査するのに、被上告人は一審以来、本件依願免職処分の無効確認を求めるほか、第二次的にその取消を求めており、そして本訴は行政処分の取消を求める訴としての要件において欠くるところがないものと認められ、しかも原判決の確定した事実によつて本件依願免職処分が違法であることは前叙のとおりであるから、民訴四〇八条一号、三八六条に基づき、本件依願免職処分は、これを取り消すべきものとする。

よつて、本件上告は、前叙の点に関する限り結局理由があることとなり、その余の点はすべて理由がないものと認め、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用し、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊)

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